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名古屋地方裁判所半田支部 平成11年(ヨ)43号 決定

債権者 A野花子

〈他2名〉

債権者ら代理人 臼井義眞

同 佐当郁

同 鵜飼一賴

同 湯浅正彦

債務者 株式会社 B山

右代表者監査役 寮俊吉

同 原慎一

同 服部敏幸

債務者代理人 中山慈夫

同 男澤才樹

同 中島英樹

債務者復代理人 井上晴孝

同 長尾隆史

同 中島彰彦

主文

一  債務者が平成一一年一二月一七日開催の取締役会決議に基づき現に手続中である額面普通株式五万三七五〇株のうち、A野一郎に対する割当株式数一万四五五〇株のうちの八〇〇株を超える部分(すなわち、一万三七五〇株)の発行を仮に差し止める。

二  債権者らのその余の申請を却下する。

理由

一  本件仮処分申請の趣旨

債務者が平成一一年一二月一七日開催の取締役会決議に基づき現に手続中の、額面普通株式五万三七五〇株の発行を仮に差し止める。

二  前提事実

1  債務者は、会社が発行する株式総数六四万株、発行済株式総数一六万株(額面五〇〇円)の株式会社である。但し、右発行済株式総数は、平成一一年一月六日発行の登記未了(不能)新株五万五〇〇〇株(以下「前件新株」という。)を除いており、前件新株については、名古屋地方裁判所半田支部における新株発行無効請求事件(平成一一年(ワ)第一一三号)においてその効力が争われている。

2  債務者は、定款で、株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨を定めており、債務者の株主は商法二八〇条ノ五ノ二第一項本文により法律上当然に新株引受権を有する。

3  債権者らはいずれも債務者の株主であると同時に取締役であるところ、債務者の最終の貸借対照表(平成一〇年一月一日から同年一二月三一日までの第三六期に関する貸借対照表で、同年一二月三一日現在のもの)には、負債の部に計上した金額の合計額が金二二二億〇〇四三万八〇〇〇円となっているので、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律第二条により同法第二章における会社(いわゆる大会社)に該当するので、同法第三章における会社に該当せず、同法第二四条の適用はないから、商法二七五条ノ四に基づき、本件仮処分申請事件においては、債務者の監査役が債務者を代表する。

4  債務者は、平成一一年一二月一七日開催の取締役会において、左記の新株発行(以下「本件新株発行」という。)を決議した。

一  発行新株式数 額面普通株式五万三七五〇株

二  割当方法 平成一二年一月四日午前九時現在の株主名簿に記載された株主に対し、その所有株式一株につき新株式〇・二五株の割合をもって割り当てる。但し、割当の結果生ずる一株未満の端数はこれを切り捨てる。

三  発行価額 一株につき金二〇〇〇円

四  発行価額中資本に組入れない額 一株につき金一〇〇〇円

五  申込証拠金 一株につき金二〇〇〇円とし、払込期日に新株払込金に振替充当する。但し、申込証拠金には利息をつけない。

六  申込期日 平成一二年一月二四日

七  払込期日 平成一二年一月二五日

八  申込期日までに引受けのない株式及び割当の結果生ずる一株未満の端数株式については代表取締役A野太郎が引受ける。

三 当事者の主張

1  債権者らの主張は、平成一一年一二月二二日付け新株発行差止仮処分申立書、平成一二年一月一一日付け準備書面一、平成一二年一月一七日付け準備書面二に記載のとおりである。

2  債務者の主張は、平成一二年一月七日付け答弁書、平成一二年一月一二日付け答弁書の訂正書、平成一二年一月一四日付け主張書面、平成一二年一月一七日付け主張書面二に記載のとおりである。

3  債権者らの主張する新株発行の差止事由は、以下の三点である。

①  取締役会招集手続の瑕疵による新株発行決議の無効

②  割当日の公告の懈怠

③  著しく不公正な方法による新株発行

四 当裁判所の判断

1  「取締役会招集手続の瑕疵による新株発行決議の無効」の主張について

本件新株発行を決議した平成一一年一二月一七日開催の取締役会の招集通知が、同月一〇日に発送され、債権者A野春夫には同月一一日に到達したことは当事者間に争いがなく、会日より一週間前に取締役らに通知を発することを要すると定めた商法二五九条ノ二の規定に違反することは明らかである。しかしながら、招集通知の発信と取締役会の会日との期間の不足は一日に過ぎず、また、債務者においては、従来から右期間の一週間の計算方法を誤って理解し六日前に招集通知を発する取扱が行われており、これまでは取締役らもこれに疑問を持たずに取締役会が開かれてきたことに照らすと、右瑕疵は軽微である上、右法令違反に基づいて株主が不利益を受ける虞れを一応認めることができる疎明もないので、右事由による新株発行の差止めを認めることができない。

2  「割当日の公告の懈怠」の主張について

株主が新株引受権を有する場合に新株発行をするときは、会社は、割当日を定め、割当日の二週間前、もし割当日が株主名簿の閉鎖期間中であるときは、閉鎖期間の初日の二週間前に公告することを要するところ(商法二八〇条ノ四第二項)、債務者は、本件新株の割当日を平成一二年一月四日としながら、閉鎖期間の初日(平成一二年一月一日)の二週間前である平成一一年一二月一七日に割当日の公告(債務者の定款では、公告は官報による。)をしていないことは、当事者間に争いがない。

右のとおり、本件新株発行の手続においては商法二八〇条ノ四第二項に違反することは明らかであるが、債務者は、定款で株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨を定めており、名義書換を怠ることによって新株引受権を喪失する株主は存在しない上、債務者の全株主は五人であり、債権者A野春夫と債権者ではない株主(A野一郎、A野太郎)は、本件新株発行を決議した取締役会に出席しており、右取締役会を欠席した債権者A野花子及び債権者A野松夫を含む全株主に対して、債務者は平成一一年一二月一八日に発送した「新株式発行に関する取締役会決議ご通知」と題する書面において右取締役会で決議された新株発行の内容を通知していることを勘案すると、右法令違反をもって不利益を受ける虞れのある株主を見出だすことができず、右事由をもって本件新株発行を差し止めることはできない。

3  「著しく不公正な方法による新株発行」の主張について

前件新株の発行は、債務者において、現物出資による新株発行としてA野一郎に対し、五万五〇〇〇株を発行したが、商法二八〇条ノ五ノ二第一項但書の規定する決議(株主総会の特別決議)が行われておらず、債務者は、現物出資による新株発行は商法二八〇条ノ五ノ二第一項による新株引受権の対象とはならないと主張する。

しかしながら、平成二年の改正によって制定された同法二八〇条ノ五ノ二第一項は、株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨を定款で定めている場合は株主に新株引受権を有することを規定しており、これは、株式の譲渡制限がなければ、新株発行によって出資比率が減少することを防ぎ、出資比率を維持しようとする株主は、他の株主から必要な数の株式を取得する方法があるのに対し、株式の譲渡制限の定めをしている会社にあっては、株主が市場において自由に株式を取得することが制約されているため、株主がその出資比率の維持、ひいては経営参加の利益を確保しようとしても事実上不可能となるので、このような不都合を解消し、閉鎖会社の株主間の公平を図るために規定したものと考えられるので、現物出資を特に区別すべき理由はないし、文言上現物出資につき例外を定める規定はなく、かえって、転換社債及び新株引受権付社債の引受権についても同様な規定(三四一条ノ二ノ六、三四一条ノ一一ノ二)も同時に規定されたことを考え合わせれば、現物出資による新株発行であっても、商法二八〇条ノ五ノ二第一項による新株引受権に抵触することは許されないと解すべきである。すると、前件新株は株主の新株引受権を全面的に無視して発行されたもので、新株発行の無効原因があるといわざるを得ない。そして、本件新株発行は、債権者らの有する出資比率を害し、債権者ら以外の株主が会社の支配権の確保を図る意図に基づいて行われたものであることは明らかであり、無効原因がある前件新株の株数をも前提として新株が割当られているのであるから、本件新株発行のうちの前件新株に対応する、A野一郎に対する割当株式数一万三七五〇株(すなわち、債務者が平成一一年一二月一七日開催の取締役会決議に基づき現に手続中である額面普通株式五万三七五〇株のうち、A野一郎に対する割当株式数一万四五五〇株のうちの八〇〇株を超える部分)は、著しく不公正であると認められるので、右の限度で新株発行を仮に差し止める申請は理由がある。

しかしながら、本件新株発行が会社の支配権の確保を図る意図で行われているとはいっても、現行法上いわゆる授権資本制を採用して取締役会に新株発行の権限を付与されており、疎明資料から認められる会社の資産状況に照らせば、右の限度を超えて本件新株発行自体を仮に差し止めることを認めるに足りる事情はないというべきである。

4  よって、債権者らに金三三〇万円の担保を立てさせた上、主文掲記のとおり決定する。

なお、付言すると、A野一郎に対する割当株式数一万四五五〇株のうちの一万三七五〇株の発行自体を仮に差し止めることを命じるものであるから、右差止部分につき平成一一年一二月一七日開催の取締役会の決議の八によって、A野一郎からの引受けがないものとして代表取締役A野太郎に引受けさせることは右差止めに反しており、かかる取扱いをすることはできない。

(裁判官 鬼頭清貴)

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